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映画『トム・オブ・フィンランド』8/2~全国順次公開!


2019年07月15日

 フレディ・マーキュリーにも影響を与えたゲイアートの先駆者

 


"ゲイカルチャー界のウォルト・ディズニー"とも呼ばれるトム・オブ・フィンランド。彼の影響を受けたアーティスト、ミュージシャン、デザイナー、カメラマンなどは数知れず。ざっと名前をあげるだけでも、フレディ・マーキュリーの他に、アンディ・ウォーホル、デイヴィッド・ホックニー、ジャン=ポール・ゴルチエ、トム・フォード、ロバート・メイプルソープなどなど枚挙に暇が無いのだ。-LGBTに対しての軽蔑や無理解と闘った芸術家が、何十年もの苦難の末につかみ取った愛と栄光の物語-  ※PR用フライヤーより、本記事に使用したスチールは配給マジックアワーから許可を得て掲載させて頂いてます。



2019年、今年はフィンランド×日本が外交樹立100周年という事で、年間通して様々なイベントや企画が開催されてますが、そのフィンランドから同国出身で稀有なアーティストの半生を描いた一作がこの夏、全国公開になります。

私自身アイスランドを撮り続けている事もあり、同じ北欧のご縁で『トム・オブ・フィンランド(以下、TOF)』を先日の試写会で観劇させて頂きました。末席ながらLGBT関連のコミュニティやイベントに関わる身として当事者目線で本作をご紹介させて下さい。



まず本作を見て意外に感じたのが、1971年までフィンランドで同性愛は犯罪とされていた事。男女平等や同性婚に対して北欧諸国は価値観の先進国というか、少なくとも私個人はそういうイメージが強いのですが、同性愛が合法化されてからまだ40数年しか経っていないと思うと、つい最近まで保守&権威的な価値観があたり前だったのかと驚きがありました。

近代の日本でも同性愛的な行為が法で禁止されていたのは明治初期までさかのぼるようですし、少なくとも1970年代初期にはそんな法律は無かったわけで(当時の日本映画を観ると一種の流行的に同性愛者はよく登場する)、それに比べてフィンランドの世相はこの問題に対して厳しかったんですね。

取り締まりや逮捕を恐れて秘密裡に主人公達がパーティーを楽しむシーンや、実際に警官に暴行を受けるシーンもあり、映像で見せられると当時の重苦しい空気が生々しく迫ってきます。



映画は主人公トウコ(トム)の若い頃1940年~亡くなる1991年あたりまでが描かれるので、第二次世界大戦中にフィンランドがどのような状況に置かれていたかも軽く歴史を復習してからご覧になると前半の展開がより理解しやすいかと。主人公役の演じたベッカ・ストラングの演技が素晴らしく、青年~中年期までを違和感なく説得力をもって演じきっています。2時間近い映画ですが、構成もドラマティックで劇中様々なシチュエーション&ロケーションがテンポ良く描かれていました。その中には、フィンランドの美しい湖水地方も登場するので、同国のファンの方には映像面でも楽しめる要素があります。

全体的に閉塞感に満ちたフィンランドやヨーロッパのシーンとは対照的に、中盤からは開放的なアメリカでの出来事が描かれますが、まだまだ偏見の多かった当時のアメリカのゲイ達がトムの画をきっかけにプライドを確立していく様子と、ヘルシンキに残してきた恋人との静かなプライドの変化が並行して進みます。その中でも、トムとその恋人ヴェリが"あるもの"を2人で購入するシーンがとても印象に残りました。さりげないシーンなのですが、そこで交わされる2人の会話にLGBTマイノリティの人達のささやかでいて、芯のある願いがこめられてるような気がしました。

それから、トウコの妹カイヤは劇中に登場する女性としては一人クローズアップして描かれますが、LGBTの人達にとってしばしばテーマになる家族や友人へのカミングアウトというテーマにも兄妹の関係性という形でフォーカスされてます。カイヤの態度や言葉は、ある種のリアリティがあるかなと。

映画後半の80年代は"AIDS"に関するトピックが登場し、同性愛者に対して新たな偏見の目が広がっていきます。個人的に(世代的にも)一番、リアルタイムに映画を観ていた時期だったので、80年代、90年代に制作されたゲイムービーは今よりもはるかにこの問題の影響が強かった事を思い返しました(野生の夜に、Living End、等々)。そう思うと、日本でも昨今は"AIDS"に関するネガティブなトピックよりも大規模なLGBTパレードの開催や、同性婚の是非についてどちらかというとポジティブなイメージでメディアに取り上げられる事が増えた事は、隔世の感があります。

人の価値観の移ろいやすさ、そして脆さ、だからこそ今ある自由や権利の貴重さをアーティストの半生からあらためて感じられる一作。日本でもヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』を観た方も、フレディ・マーキュリーが生きた時代に重なる部分も多いので、近いテーマを様々な視点で見れるという点でもオススメしたい一本です。

一枚のイラストが誰かの生きる力になる事、1つの本や音楽、映画や写真が同じように誰かの支えになる事、さらに世の中の価値観を大きく変えていく力にもなりえる事、それを信じられる、信じていたいと思わせられる映画『トム・オブ・フィンランド』でした。

☆映画『ハートストーン』とアイスランドLGBT事情&カントリーサイド

トピックを読んで頂いた皆様へ。こちら、以前のブログにアップしたアイスランドのLGBT事情です。同じ北欧とはいえフィンランドとアイスランドではかなり事情は違うとは思うのですが、ご興味ある方がいらしたらぜひこちらご参照ください。



◆映画『トム・オブ・フィンランド』情報
2019年8月2日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次公開!
監督:ドメ・カルコスキ
出演:ペッカ・ストラング、ジェシカ・グラボウスキー、ラウリ・ティルカネン
2017年 / フィンランド・スウェーデン・デンマーク・ドイツ
フィンランド語、英語、ドイツ語 / 5.1ch / シネスコープ
原題:Tom of Finland / 116分 / フィンランド語監修:橋本ライヤ / 日本語字幕:今井祥子
配給・宣伝:マジックアワー / 後援:フィンランド大使館

☆『トム・オブ・フィンランド』公式サイト
↑作品詳細、全国公開スケジュールはこちらをご覧ください!

☆『日本ーフィンランド外交樹立100周年』公式サイト